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更新日:2018年3月14日

神津島村

町との交流の経緯

神津島村との交流は、昭和20年(1945年)7月、太平洋戦争末期における、神津島村から奥多摩町への集団疎開に始まります。当時、神津島村では、アメリカ軍の空襲と潜水艦の出没による全島戦場化の恐れがある中、健康な男子のみ島に残り、老人、婦女子は疎開することとなり、奥多摩町(当時の氷川町、古里村、小河内村)には、86世帯、412名の方々が疎開されました。

また、平成10年からは、毎年、夏休みシーズンを利用して、奥多摩町の子供たち(主に小学生高学年)が、神津島村を訪れる「洋上セミナー事業」が続けられています。このような、子供たちの交流に加え、毎年開催している奥多摩ふれあいまつりでは、神津島観光協会により出展いただくなど、相互の交流が続けられてきました。

しかし、終戦から72年が経過し、記憶の風化やこれまでの経緯を知る人も少なくなりつつある中、次世代を担う子供たちへの橋渡しの意味も含め、交流の継続ならびに友好の絆を深め、両町村がともに発展し、平和であることを願い、友好交流の協定を締結しました。

奥多摩町で開催した友好交流締結式の様子

奥多摩町で行われた友好交流協定締結式の様子(平成29年10月29日)

右から、浜川神津島村長、河村奥多摩町長、松本神津島村議会議長、須崎奥多摩町議会議長

友好交流協定書(奥多摩町用)友好交流協定書(神津島村用)

 

協定書本文

奥多摩町と神津島村は、これまでの友好を礎とした交流を通じて、相互の特徴的な自然環境や文化への理解促進ならびに友情と信頼の絆を更に深め、ともに発展することを念願し、友好交流協定を締結する。

 

神津島村の概要

東京都心から南に約180km、伊豆諸島のほぼ中間に位置している神津島村は、白砂青松の入り江と起伏に富む山野の景勝が、とりわけ美しいと言われている、人口およそ2,000人の島です。

島の中央部にそびえる標高572mの天上山は、新日本百名山と日本花の百名山にも選ばれており、高山植物や四季折々の花が咲く様子は、まるで2,000mから3,000m級の峰々にいるような景観です。緑の広がる大自然の各所には、清水が豊かに湧き、山菜や野菜も多く繁茂していますが、マムシなどの毒性の動物は、一切棲息しておらず、穏やかです。

神津島村は、水質と透明度が日本一に選ばれたきれいな海と、四季を通じて温暖な気候に恵まれた自然環境など、年間を通して快適なレジャーが楽しめる特色の多いマリンリゾートです。

 

(参考リンク)

赤崎遊歩道

赤崎遊歩道

前浜海岸

前浜海岸

 

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